Jackieの自転車ロードレース

自転車ロードレースが好き

【引退記念】アンドレ・グライペル

その体格から「ゴリラ」の愛称で親しまれてきたアンドレ・グライペルが今シーズン限りで引退します。

彼は世界最強のスプリンターの一人として、現役最多(引退時)通算158勝を積み重ねてきました。

 

 

プロフィール

名前:André GREIPEL(アンドレ・グライペル)

国籍:ドイツ

出身地:Rostock (ロストック、ドイツ)

生年月日:1982年7月16日

身長:1.84m

体重:82kg

ニックネーム:ゴリラ

脚質:スプリンター

最終所属:Israel Start-Up Nation(イスラエル・スタートアップネーション)

 

主な実績

ツール・ド・フランス

 ステージ11勝(2011、2012、2013、2014、2015、2016)

 うち最終ステージ(パリ シャンゼリゼ)で2勝(2015、2016)

ジロ・デ・イタリア

 ステージ7勝(2008、2010、2015、2016、2017)

ブエルタ・ア・エスパーニャ

 総合ポイント賞(2009)、ステージ4勝(2009)

ツアー・ダウンアンダー

 総合優勝(2008)、ステージ18勝(2008、2009、2010、2012、2013、2014、2018)

パリ〜ニース

 ステージ2勝(2015、2017)

ベネルクス・ツアー(旧エネコ・ツール)

 ステージ優勝(2008、2010、2011、2013、2015)

〇ツール・ド・ポローニュ

 ステージ優勝(2009、2010)

パリ〜ルーベ

 7位(2017)

〇ロンド・ヴァン・フラーンデレン(ツール・デ・フランドル)

 15位(2015)

〇ミラノ~サンレモ

 24位(2014)

〇ヘント~ウェヴェルヘム

 4位(2011)

〇クラシックスハンブルク(現ユーロアイズ・クラシックスハンブルク)

 優勝(2015)

〇デパンヌ3日間(現オキシクリーン・クラシック・ブルッへ~デパンヌ)

 ステージ優勝(2011)※ブルッへ~デパンヌはかつて三日間のステージレースでした

〇スヘルデプレイス

 3位(2016)

〇エシュボルン~フランクフルト

 3位(2013)

ドイツ国内選手権

 優勝(2013、2014、2016)

〇世界選手権

 3位(2011)

 

「不遇」だったHTC時代(2006~2010)

グライペルは2006年、母国ドイツの名門チーム・T-モバイルでプロデビュー。

ランス・アームストロングマルコ・パンターニのライバルとして活躍したヤン・ウルリッヒとは一年だけチームメイトでした。

 

チーム名がハイロードに変わった2008年以降、グライペルは世界のトップスプリンターへの階段を順調に上っていきます。

まずは2008年。

シーズン初戦のツアー・ダウンアンダーで全6区間のうち4勝する大暴れで、総合優勝も達成。

さらに5月のジロ・デ・イタリアに初出場すると、早くも区間1勝を挙げ、スプリンターとしての確かな実力を示しました。

 

2009年のブエルタ・ア・エスパーニャではステージ4勝を挙げました。

このブエルタでは途中の山岳ステージで時間切れ失格のピンチに陥りましたが、救済措置が適用されて無事完走。最終的に総合ポイント賞を獲得しました。

2010年もダウンアンダーで区間3勝&総合優勝、さらにジロでもステージ優勝を達成しました。

 

2008年以降の3年間だけでグライペルグランツール区間6勝。スプリンターとして素晴らしい成績を残しました。

しかし、HTCコロンビア(ハイロードから改称)時代の彼は、「チームNo.2 のスプリンター」でしかありませんでした。

当時のHTCコロンビアでは、「マン島超特急」ことマーク・カヴェンディッシュ(イギリス)がエースとして勝利を量産していました。

当然ツール・ド・フランスにはカヴェンディッシュとそのアシストが出場することが確定事項だったため、グライペルがツールを走ることは叶いませんでした

 

十分な機会が与えられないことを不満に思ったグライペルは、2010年シーズン限りでHTCコロンビアを去りました。

 

全盛期のロット時代(2011~2018)

エーススプリンターの座を求めるグライペルの移籍先は、ベルギーのオメガファルマ・ロット(現ロット・ソウダル)でした。

グライペルは望み通りエースの地位を手に入れ、2011年、念願のツール・ド・フランスに初めて出場しました。

 

迎えた第10ステージ、ツール・ド・フランス初勝利

しかも、宿敵カヴェンディッシュをねじ伏せての勝利でした。

 

グライペルは2012年以降もツールでの勝利を積み重ね、2016年までの6大会で11勝。

特に2015、16年は、パリ シャンゼリゼを走る最終ステージを連覇し、チームのエーススプリンターとして素晴らしい大活躍を続けました。

 

クラシックにも意欲的で、自らはスプリンター向けのミラノ~サンレモやヘント~ウェヴェルヘムでの勝利を狙いつつ、ツール・デ・フランドルやパリ~ルーベではチームメイトのアシストに徹していました。

しかし残念ながらクラシックでの勝利にはあまり縁がなく、優勝したのは2015年のクラシックスハンブルクぐらいです。

その後はグライペル自身も北クラシックの上位を本格的に狙うようになり、2017年はパリ~ルーベで7位に入賞しました。

 

その2017年はジロ・デ・イタリアに出場し、区間1勝。

初めてのステージ優勝を達成した2008年ジロから2017年ジロまで、出場したグランツール12大会(ジロ5、ツール6、ブエルタ1)のすべてで区間優勝を果たす快挙でした。

しかし、この勝利がグライペルにとって最後のグランツールでの区間優勝になってしまいました。

 

同2017年ツールで区間優勝を逃すと、翌2018年もツールで勝てず、グライペル個人としても、ロット・ソウダルとしても、2年連続でツール0勝という残念な結果に終わりました。

 

そのためチームはオーストラリアの若手スプリンター、カレブ・ユアンを獲得。

ユアンのアシストとしてではなく、エーススプリンターとして走ることにこだわったグライペルは、8年間在籍したロット・ソウダルを離れることになりました。

 

アルケア・サムシック、イスラエル・スタートアップネーション時代(2019~2020)

グライペルが選んだチームは、アルケア・サムシック。フランス北東部のブルターニュ地方を拠点にするプロコンチネンタルチーム(現プロチーム)です。

ジーベルクら専属のスプリント列車のメンバーと別れ、一から新しい列車を作る覚悟でした。

 

こうして新天地で迎えた2019年。

1月のラ・トロピカル・アミッサ・ボンゴで移籍後初勝利をあげ、幸先よくシーズンを始めました。

ところがその後はまったく勝てず、結局その一勝止まり。

感染症による体調不良もあり、絶不調のシーズンでした。

 

そのためグライペルアルケア・サムシックとの二年契約をわずか一年で終了し、イスラエル・スタートアップネーションに移籍

 

再び新天地で迎えた2020年シーズンはコロナウイルス感染症によるシーズン中断の影響もあってかまったく勝てず、まさかの0勝のままシーズンを終えてしまいました。

 

現役最後のシーズン(2021)

グライペルは2021年もイスラエル・スタートアップネーションで走りました。

まず春先の二つのステージレース、UAEツアーとパリ~ニースの平坦ステージで何度かトップ10に食い込みました。

さらに4月のツアー・オブ・ターキーではカヴェンディッシュらに競り負けながらも区間トップ3に入る活躍を見せ、復調を感じられました。

 

その1か月後の5月16日、グライペルはスペインのマヨルカ島で行われたトロフェオ・アルクディア~ポルト・ダルクディアで優勝

2年前のラ・トロピカル・アミッサ・ボンゴ以来、841日ぶりとなる勝利をあげました。

 

勢いそのままにわずか5日後、グライペルブエルタ・ア・アンダルシアの第4ステージで優勝し、シーズン2勝目、通算158勝目を飾りました。

 

グライペルは7月のツール・ド・フランスにも出場。初出場から11年連続の出場でした。

勝利には届かなかったものの、平坦ステージではたびたびトップ10に入りました。

そのツールの最終日前日の7月17日グライペルはチームのTwitter2021年限りでの引退を表明しました。

 

グライペルが引退レースに選んだのは、10月3日に母国ドイツで開催されたシュパルカッセン・ミュンスターラント・ジロでした。

2度の優勝経験があるグライペルは、レース中盤の横風分断でも脱落せず、終盤3kmを切るまで先頭集団で勝負に絡みました。

最後は力尽きて脱落し、10位でレースを終えたものの、チームメイトのアレクシー・ルナールを2位に送り込む活躍でグライペルの素晴らしい現役生活は幕を閉じました。

 

 

グライペルのココがスゴイ!

グライペルの強みは「ゴリラ」のような屈強な体格を生かした力強いスプリントでした。

この豪快なスプリントを武器に、グライペル16年間のプロ生活で通算158勝を挙げました。

ジロ7勝、ツール11勝、ブエルタ4勝の計22勝と、グランツールの大集団スプリントでも力を発揮しました。

 

しかし、彼には、自分のスプリント力を最大限に発揮するためのもう一つの武器がありました。それが世界屈指の強力なスプリント列車です。

HTC時代からロット・ソウダル時代まで長く一緒のチームで過ごしたマルセル・ジーベルク(ドイツ)アダム・ハンセン(オーストラリア)グレゴリー・ヘンダーソン(ニュージーランド)グライペルがロット・ソウダルに移籍した後、新たにトレインに加わったユルヘン・ルーラン(ベルギー)イェンス・デビュシェール(ベルギー)は、特にグライペルの専属トレインとして、彼のスプリントでの勝利を何度も御膳立てしてきました。

 

グライペルのスプリント列車への信頼は厚く、チームに対して専属アシスト全員の残留を熱望するほどでした。

また、彼らに対する恩返しとして、石畳クラシックでは逃げに乗ったり集団を献身的に牽引したりと懸命にアシストすることもしばしばありました。

 

グライペルがロット・ソウダルを去るのに前後して、彼の元トレイン要員の選手たちも離れ離れになりましたが、グライペルの現役最後のレースが行われた10月3日、同じ日に行われたパリ~ルーベで、長年グライペルの発射台を務めたマルセル・ジーベルクも引退しました。

 

二人がチームメイトとして長い間活躍してきたロット・ソウダルも、二人をたたえる投稿をTwitterに載せました。

 

違うレースとはいえ、この二人が同じ日に引退レースを走ったことに感動しました。

 

最後に一言…

現役お疲れ様でした!